いだてん

いだてん1話ネタバレ感想!星野源の英語とオールバックが話題に!

こんばんは~

2019年1月からはじまる冬の大河ドラマ

いだてん〜東京オリムピック噺〜

2019年1月6日スタート 毎週日曜夜8:00/NHK総合

今回は、いだてん~東京オリムピック噺~の1話をみた感想や気になることを書いてみました~!

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いだてん 東京オリムピック噺 1話のあらすじ

脚本

ドラマ いだてん〜東京オリムピック噺〜脚本は宮藤官九郎さんです。

1970年7月19日生まれで48才です。(2019年1月現在)

代表作は2013年上期の連続テレビ小説『あまちゃん』や2017年のテレビドラマ『ゆとりですがなにか』などで数々の賞を受賞しています。

1話のあらすじ

ドラマは、1959年、五輪招致目前の東京を舞台にしています。

落語家の古今亭志ん生(ビートたけし)が、その日、高座で語り出したのは、50年前の日本のオリンピック初参加にまつわる噺(はなし)でした。

1909年、柔道の創始者、嘉納治五郎(役所広司)はストックホルム大会を目指して悪戦苦闘していました。

日本はまだ、スポーツという言葉すら知られていない時代でした。

初めての派遣選手をいったいどう選ぶのでしょうか?

金栗四三(かなくり しそう)さんの功績

日本人として初めてのオリンピック出場

主人公のひとり・金栗四三(中村勘九郎)さん日本人として初めてストックホルムオリンピック(1912)に出場しました。

その後も2度オリンピック出場を果たしています。

全国各地でマラソンの普及に貢献

「マラソンの父」とも呼ばれ、日本のマラソンに多大な貢献を残した人物です。

高地トレーニングを日本で初めて導入

金栗さんはとにかく研究熱心で、自分の走りを分析し、独自の呼吸法などを発明します。

今では当たり前と言われている高地トレーニングを日本で初めて導入しました。

また、真夏の耐熱練習インターバルトレーニングも行っていたんです。

オリジナルのランニングシューズの開発

金栗さんは、マラソンシューズなどがなかった時代に”足袋”を改良しオリジナルのランニングシューズまで作ったんだそうです!

箱根駅伝を考案

金栗さんの功績ですばらしいのは箱根駅伝です!

マラソンは孤独な競技ですが、もっとチームで楽しむことができないかと考えた金栗さんは、大学対抗のマラソンとして、駅伝を考案したといいます。

金栗四三さんの人柄

金栗さんから、指導を受けたさまざまな選手たちは笑顔を絶やさず接してくてたと語っていました。

そこからついたあだ名は”お釈迦様”なんだそうです。

さらに監督になっても、選手が優勝を果たした際には、涙を流して一緒に喜んだといいます。

金栗さんの残した言葉は「人は一生走る楽しみを忘れんよう、走りんしゃい」です。

生涯走ることを楽しんでいた金栗さんは、まさに“いだてん”な人生を走りきった人だったんですね!

星野源の英語やオールバックが話題に

平沢和重(ひらさわ かずしげ)はジャーナリスト

星野源さんが演じるのは平沢和重(ひらさわ かずしげ)さんというジャーナリストです。

ニューヨーク領事・外務省から、NHK解説委員になって26年間にわたってニュース解説を行っていた人です。

1964年オリンピックの開催地を決めるミュンヘンIOC総会で最終スピーチの大役を任されます。

ドラマでは、そんな平沢和重(ひらさわ かずしげ)さんが英語でスピーチする場面がありました。

ニューヨーク領事をしていたということなので英語も流暢なんだと思います。

いつもの星野源さんとはちょっと違うピシッとしたヘアスタイルですね~!

このヘアスタイルに驚きつつも星野源さんの出演にファンには歓喜の声が上がっていました!

「なんて、流暢な英語」

「アルバム制作真っ只中に、寝ないで必死に覚えた英語スピーチ…努力が見えました!かっこよかった!」

「おでこ…いい。(すき) 大河出演で、1話から登場してくださるのは有難い。クドカンの脚本だもの。面白いに決まってる。大友さんの音楽も楽しみ。OP映像から期待大。あまちゃんのメンツ多しだし…阿部さんだし、斗真くんと松重さんもいるし、ヤバいくらい豪華過ぎるな。」

「笑顔で歌い踊る 星野源 しか知らない人に、片手間ではない俳優の彼を見て欲しい。 平沢和重 に逢って欲しい。 何でもできる人 と言われるけれど 全てにおいて その努力を惜しまない人 なんです」

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星野源さんのおでこに手術跡が?

星野源さんといえば、2012年に患った”くも膜下出血”から復帰しました。

朝の連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』で脚光を浴びた星野さんでした。

そして、順調にアーティストとして人気が成長していく矢先、くも膜下出血に襲われて、緊急手術を受けることになります。

一旦は復帰したものの、半年後に再手術を余儀なくされます。

ある番組では、星野の闘病生活の様子が、生々しく映し出され、開頭手術の縫い目が残る頭の写真が、その闘病生活がいかに険しいものだったかを物語っていました。

同じように闘病している人にとっては星野源さんの奇跡は大きな励ましになっていると思います。

星野源さんは音楽家・俳優であり、文筆家としての顔も持っています。

でも、実は、星野さんは少年時代にはいじめにあっていて、それが原因でパニック障害を発症します。

高校生になってもその症状は治らず、引きこもりになり、それからさらに悪化していきます。

そんな星野さんが救われたのが、クレイジーキャッツの『だまって俺についてこい』という曲の“そのうちなんとかなるだろう”という歌詞に救われました。

これを信じることが、当時、自分の命綱のようなものだったと語っています。

その時のいろいろな辛い思いや大変な闘病生活を乗り越えて今の星野源さんがあります。

自分も誰かに同じよう思ってもらえたら….

苦境も乗り越えてさらにパワーアップしている星野さんを今後も応援したいですね!

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